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高松地方裁判所 平成5年(ワ)496号 判決 1997年9月09日

原告

飯間惠美子

外五〇名

右原告ら訴訟代理人弁護士

渡辺光夫

小林正則

大平昇

被告

日本中央競馬会

右代表者理事長

渡邊五郎

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

田島孝

松本伸也

大庭浩一郎

田代健

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、高松市田村町字中川原四二六番地三所在の高松場外勝馬投票券発売所及び払戻金交付所(通称「ウインズ高松」)において、勝馬投票券の発売及び払戻金の交付をしてはならない。

二  被告は、原告らに対し、ウインズ高松において勝馬投票券の発売又は払戻金の交付を開始した平成六年二月五日から、同所において勝馬投票券の発売及び払戻金の交付を止めるまでの間、一日につき各金一〇〇円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が設置したいわゆる場外施設、通称「ウインズ高松」の周辺に居住する原告らが、右場外施設における馬券発売及び払戻金交付により、教育環境の破壊、交通公害の発生、犯罪の増加、公衆衛生の悪化や騒音等、受忍限度を超える被害を被っているとして、人格権に基づき右馬券発売等の差し止めを求めるとともに、不法行為に基づき右馬券発売等が開始された日である平成六年二月五日から右差し止めまで各原告につき一日あたり一〇〇円の損害賠償金(慰藉料)の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

被告は、競馬法及び日本中央競馬法に基づき競馬を行う団体として設立された特殊法人であり、競馬の健全な発展を図って馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与することを目的とし、農林水産省の監督を受けるものである。

2  ウインズ高松の業務内容

被告は、高松市田村町字中川原四二六番地三所在の高松場外勝馬投票券発売所及び払戻金交付所(通称「ウインズ高松」。以下「ウインズ高松」という。)を競馬法施行令二条一項にいう勝馬投票券発売所及び払戻金交付所(以下「場外施設」という。)として設置し、平成六年二月五日から勝馬投票券の発売及び払戻金の交付(以下「馬券発売等」という。)を行っている。

ウインズ高松においては、関西地区の中央競馬場(京都、阪神、中京及び小倉)の開催日(原則として土曜日及び日曜日、年間一〇四日程度。)に勝馬投票券(以下「馬券」という。)を発売し、平日は払戻業務のみを行う。

3  ウインズ高松設置の経緯

昭和六〇年一〇月三一日、ウインズ高松所在地に場外施設が設置される旨報道され、これを受けて、地元住民らが被告等に対し右設置計画を中止するよう陳情した。平成二年八月四日、ウインズ高松に関する建築確認が下り、同年一一月六日には、地元鶴尾地区のPTA等教育関係の四団体が監督官庁である農林水産省及び被告に対して設置反対の陳情をし、被告が同年一二月一五日に開催した右団体に対する説明会では話し合いの継続が確認され、国会等でも議論されたが、平成三年七月二二日、被告は右各団体との話し合いを打ち切った。被告は、同年八月二九日、競馬法施行令二条に基づきウインズ高松の設置許可を申請し、同年一〇月一八日に農林水産大臣の許可を受けたが、その際には、これまでの交渉経緯に鑑み設置にあたってはさらに地元の理解が深まるよう極力努力されたい旨の農林水産省畜産局長名義の指導書が添付されていた。ウインズ高松は、平成四年一月一六日に起工し、平成五年三月ころ完成した。

4  ウインズ高松の周辺環境

(一) ウインズ高松のある鶴尾小学校区内には保育所や幼稚園、学校等が一四校、身体障害者施設が二施設あり、その大部分がウインズ高松から半径一キロメートル以内に存在する。なお、ウインズ高松の設置承認後に平成四年一二月二一日付で施行された競馬法施行規則の一部を改正する省令(農林水産省告示第一三〇九号)による改正後の同規則一六条によれば、場外施設の位置は、学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から適当な距離を有し、文教上又は保健衛生上、著しい支障をきたすおそれのないようにする旨規定された。

(二) ウインズ高松は、国道一一号線と国道三二号線の交差点(別紙図面記載H)の南東角に位置する。ウインズ高松は四国唯一の場外施設であり、来場者の多くは自動車を利用している。

5  被告の各種対策

被告は、交通対策として、ウインズ高松への来場車両用に複数の駐車場を設置しているほか、駐車車両の進入退出経路をそれぞれ指定し、交通の要所及び駐車場内の随所に多数のガードマンを配置して車両の誘導や交通整理を行っている。また、環境対策として、清掃員にウインズ高松の周辺を巡回清掃させている。

6  人格権について

原告らは、個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益の総体としての人格権を有しており、これに対する侵害の危険が切迫しており、かつ、諸般の事情を総合した上で原告らの利益に対する侵害の程度が社会生活上受忍すべき限度を超えている場合には、予め当該侵害行為の禁止を求めることができる。

二  争点

1  場外施設自体の違法性及びウインズ高松の設置手続の違法性の有無

2  ウインズ高松設置による原告らの被害の有無及び程度(受忍限度を超えるかどうか)

3  本件差止め請求の必要性及び原告らの損害額

三  争点についての当事者の主張

1  争点1(場外施設自体の違法性及びウインズ高松の設置手続の違法性の有無)について

(原告らの主張)

(一) 場外施設設置自体の違法性

被告が競馬を挙行し、場外施設を設置して馬券を販売することは、刑法(平成七年改正前)の賭博及び富くじに関する罪に抵触するおそれがある。すなわち、競馬法に基づく競馬は、①馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与すること、②国民に健全な娯楽を与えること、③国家財政へ寄与することを目的とするので法令行為として違法性が阻却されるが、被告が馬券をどこでも販売できることになれば、右①ないし③の趣旨を逸脱する。原則的に禁止される賭博行為が例外的に認められるには、法律によるべきであるが、場外施設については競馬法には規定がなく、同法施行令二条で規定されるにすぎないから、場外施設は違法な施設である。

(二) ウインズ高松の設置手続の違法性

場外施設を設置しようとするときは、農林水産大臣の許可を受けなければならないが(競馬法施行令二条一項)、馬券発売等は賭博行為にほかならないから、右許可にあたっては、場外施設の設置により直接悪影響をうける地元地区の承認、同意を必要とすべきである。被告は、ウインズ高松設置に際し、農林水産省の指導により指定した五つの周辺自治会(中川原北、中川原南、桜ヶ丘、田村北及び松並)の同意を得たとするが、中川原北、中川原南及び桜ヶ丘の各自治会においては設置反対決議がなされており、また、周辺の五八の自治会のうちの五一の自治会が設置に反対していることからすれば、被告が果たして同意を得たかどうか疑わしく、地元住民の意思に反して同意書が作成された可能性が高い。

さらに、ウインズ高松設置の承認にあたり、地元理解を深めるよう努力されたい旨の前記畜産局長による指導書が添付されたことからすれば、農林水産大臣は被告の右努力を条件に設置を許可したものというべきであるが、右条件の履行はなされず、地元住民の同意も得られていない。

したがって、設置手続に必要な地元住民の同意がなく、設置承認の条件も充たしていないから、ウインズ高松は違法な施設である。

(被告の主張)

被告の馬券発売は競馬法で許されているところ(同法一条五項、五条)、同法は馬券を発売できる場所を限定していないので、被告が同法施行令二条に従って農林水産大臣の設置許可を受けて場外施設を設置して馬券を発売することも当然に許されるというべきであり、ウインズ高松も右許可を受けているから適法な施設である。

2  争点2(ウインズ高松設置による原告らの被害の有無及び程度〔受忍限度を超えるかどうか〕)について

(原告らの主張)

原告らは、ウインズ高松から約二キロメートル以内の距離に居住する者であり、ウインズ高松における馬券発売等により以下のような受忍限度を超える被害を被っている(なお、各原告の個別的被害状況については別紙一のとおりである)。

(一) 教育環境の破壊

前記第二の一4(一)のとおり、ウインズ高松設置許可の後に農林水産省令により場外施設の設置基準が改正されたが、ウインズ高松周辺には、わずか約二五〇メートルの距離に位置する鶴尾小学校及び同中学校をはじめ多数の学校や福祉施設があるところ、ウインズ高松は近くを通学する子供達の好奇心を刺激し、その結果、競馬法上、未成年者の馬券購入は禁止されているにもかかわらず、大勢の未成年者が入場してギャンブルに接近している。また、原告らの子供の中には、ウインズ高松設置後は外出の機会が減ったとか、騒音で勉強ができないなどという者もあり、教育環境は確実に破壊されている。

(二) 交通渋滞、交通事犯の増加

ウインズ高松設置後は、交通量の増加や、路上で駐車場への入場を待つ車の列による実質的な車線減少、ガードマンの駐車場出入口における頻繁な交通整理等に起因する渋滞、多数の来場者による通行障害、不法駐車の増加による原告ら住民自身の駐車や生活道路の通行、農作業等への支障や子供に対する危険が生じている。

(三) 暴力団の台頭、抗争、のみ行為等の犯罪の増加

場外施設の周辺でいわゆるのみ行為が行われることは必然で、のみ行為は暴力団の有力な資金源とされ、現に、ウインズ高松周辺には暴力団員風の者が見受けられ、暴力団による犯罪が増加するおそれがある。

(四) 健康被害

ウインズ高松周辺には、来場者が投げ捨てた競馬新聞や馬券、空き缶、吸い殻等が清掃されずに散乱している。また、駐車場への車両誘導を行うガードマンの笛やハンドマイク、車のエンジン音による騒音のほか、駐車場周辺の排気ガス等により、原告らの健康で快適な生活が妨げられている。

(被告の主張)

(一) そもそも、教育環境の破壊及び国道、県道等の幹線公道上の混雑や渋滞は原告らの法的利益に対する侵害を構成しない。また、ウインズ高松の非開催日である平日の来場車両は少なく、開催日については土曜日で延べ約二〇〇〇台、日曜日で延べ約三〇〇〇台が来場するが、必ずしも一時に集中するわけではなく、ガードマンが適宜誘導して交通整理しているので著しい渋滞は生じていない。暴力団やのみ行為については原告らの憶測にすぎない。なお、競馬ファンの来場はもっぱら土曜日と日曜日の日中のみであり、この間ウインズ高松周辺における人や車の往来による混雑や雑音等の迷惑が多少生ずるとしても、一過性の生活上の不便ないし不利益にすぎず、受忍限度が問題になるような健康被害というほどのものではない。

(二) 被告は、ウインズ高松に関して次のとおり各種対策を講じている。

(1) 被告は、未成年者対策として、馬券発売従事者への教育を行うとともに、ウインズ高松の入口に専従班、館内に巡回班を配置して親同伴でない学生生徒及び未成年者(以下まとめて「未成年者」という。)の入場を監視し、館内放送等で未成年者は馬券を購入できない旨広報活動をし、窓口では未成年者でないか確認するなどしている。

(2) 被告は、交通対策として次のような措置を講じている。

ア ウインズ高松では、設置当初からある第一ないし第三駐車場、御厩駐車場の他、漸次駐車場を整備し、平成八年四月現在、ウインズ高松に近接する第一ないし第五駐車場の収容台数は合計一六〇八台であり、特に来場者の多い有名レースが開催される年間数日を除けば来場車両を十分収容できる。

イ ウインズ高松周辺の幹線道路につき進入路及び退出路を決めて、これに従って誘導することにより渋滞の防止ないし解消に配慮している。

ウ 被告は、車両による来場を抑制するために、JR高松駅とウインズ高松との間に五分ないし三〇分間隔で無料バスを運行している。

エ 被告は、円滑な交通、不法駐車の防止、歩行者の保護等のため、開催日には交通の要所及び各駐車場内に常時多数のガードマンを配置しており、特に、鶴尾小学校の登校日である土曜日には同校の周囲に配置箇所を増やして児童の安全に配慮している。また、不法駐車や生活道路への進入についても、館内放送や立て看板で来場者に注意を促すほか、ガードマンによる巡視により適切に処理している。

なお、天皇賞や日本ダービー等の有名レースや年間合計一六日あるGIレースの開催日は、来場者が非常に多いため若干の混雑が生じることはあるが、通常の開催日における周辺道路の交通状況や不法駐車の状況は非開催日と異ならないから、これらを一般化することは適切でない。

(3) 被告は、環境対策として次のような措置を講じている。

ア 清掃員が、開催日である土曜日及び日曜日と翌日の月曜日に、ウインズ高松の周辺を巡回清掃している。

イ ガードマンは駐車場内では警笛を使用せず、ハンドマイクの使用を控えるとともに音量を小さくしている。

3  争点3(本件差止め請求の必要性及び原告らの損害額)について

(原告らの主張)

(一) 原告らは、ウインズ高松の業務により、健康、平穏、安全に生活していく上で必要不可欠な人格的諸利益を侵害され、耐え難い被害を被っている。これに対して、ウインズ高松は、恒久的な賭博施設であって社会的有用性、必要性のない違法な施設であり、設置手続も違法であるほか、被告による各種措置はいずれも実効性がない。したがって、ウインズ高松における馬券販売等の業務活動は禁止されるべきである。

(二) ウインズ高松の業務が継続する限り、原告らの被害は将来にわたって続くものであり、その精神的苦痛は金額にすれば各原告につき一日あたり一〇〇円を下らない。

四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  原告らの住所について

原告らは、ウインズ高松における被告の馬券発売等の業務に起因する各種被害を主張して右業務の差し止め及び損害賠償を求めるにつき、いずれもウインズ高松周辺に居住することを前提としているが、証拠(甲五六、五七)によれば、原告小川つたえ(原告番号41)及び同水本啓子(原告番号43)は、いずれも本訴提起後に肩書地に転居しており、ウインズ高松周辺の住民ではなくなったことが認められ、新たな被害が生じ得ないことが明らかであるから、右原告両名の差止請求及び転居後の損害賠償請求については、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二  争点1(場外施設自体の違法性及びウインズ高松の設置手続の違法性の有無)について

被告による競馬の開催及び馬券発売等は競馬法で認められており(同法一条、五条)、農林水産大臣による監督を受ける(二五条三項)ほか、場外施設の設置については右大臣の許可が要件とされており(同法施行令二条一項)、場外施設の設置につき競馬法で直接規定していないからといって直ちに場外施設自体が違法な施設であるということはできない。

なお、場外施設は競馬という公営賭博のための恒常的な娯楽、集客施設であり、その設置により周辺住民の生活環境に対して何らかの影響があり得ることは否定できないから、場外施設の設置にあたっては地元住民の同意を得ることが望ましいとはいえるものの、法令上、場外施設の設置の要件としては、右のとおり農林水産大臣の許可が必要とされているにすぎず、地元住民の同意は要件とされていない。ウインズ高松が右設置許可を得た際に、地元の理解を深めるようにとの指導書が添付されたのは、前記第二の一3のとおりウインズ高松設置申請前の被告と地元住民の交渉が不調に終わった経緯に照らし、ウインズ高松の運営にあたり地元住民の理解を得ることが望ましいとの趣旨でなされたものにすぎず、必ずしも地元住民の同意を右設置許可の条件としたものと解することはできない。したがって、仮に、原告主張のようにウインズ高松の設置について地元住民の同意がなかったとしても、これを理由に右設置手続が違法であるということはできない。

三  争点2(ウインズ高松設置による原告らの被害の有無及び程度〔受忍限度を超えるかどうか〕)について

1  教育環境の破壊及び暴力団によるのみ行為等について

ウインズ高松の周辺半径一キロメートル以内に小中学校等の教育関係施設や身体障害者施設が多数存在すること、ウインズ高松設置許可の後に競馬法施行規則の改正により、場外施設の設置場所につき学校等の文教施設及び病院等の医療施設から適当な距離を置いて文教上または保健衛生上の著しい支障を来さないようにする旨定められたことは前記第二の一4(一)のとおりである。そして、判断力が未熟で事物に対する感受性の強い未成年者が、公営とはいえ賭博を内容とする娯楽である競馬に接近することは教育上望ましいものではなく、競馬法二八条が未成年者の馬券購入を禁止しているのもかかる趣旨を含むものと解されるから、多数の未成年者が通う学校等の文教施設の近くに場外施設が設置されたことにより、原告ら地元住民が子弟の教育に対する悪影響を懸念する心境については理解できないではなく、現に、未成年者がウインズ高松に出入りしていることを示す証拠(甲四の1ないし82、検証〔検甲四の2、検甲五〕)も存在する。

しかし、かかる抽象的な不安感はともかく、未成年者一般が右施設に出入りすることが原告らに対して具体的にどのような被害をもたらすというのかは必ずしも明らかではない(なお、原告らには、来場者が自己の判断で親子連れで入場することについてまで問題視して被告を非難すべき理由はない。)。また、原告らの子弟の一部が、ウインズ高松設置後は騒音により勉強ができないと述べているとか、交通量の増加等のために外出の機会が減ったなどと感じており、同人らの通学する学校で競馬の話題が出ることがあるとの証拠(甲八の3、五二の2、6、7、11、14、16、20、24、42、45ないし50、原告久保裕子)も存在するが、右はいずれも被害としての具体性、客観性に欠けるうえ、仮に右のような事実が存在したとしても、これが原告らの法的利益を侵害するとまでは認めがたい。したがって、原告らの主張する教育環境の破壊については漠然とした心理的な不安感にすぎないというほかなく、他に具体的客観的な法益侵害が原告らに生じていることを認めるに足りる的確な証拠もない。

なお、ウインズ高松設置に伴う暴力団によるのみ行為等の増加についての主張は、原告らの具体的法益侵害との結びつきを欠き、それ自体失当である。また、暴力団による犯罪の増加についての主張は、これを認めるに足りる証拠がない。

2  交通渋滞、交通事犯の増加について

(一) 証拠(甲五、六の1ないし41、七の1ないし192、八の1ないし34、五二の1ないし52、五五、乙一〇、検証〔検甲一、二、三の1、四の1、五〕、原告福江秀雄、同飯間惠美子、同飯間道雄、同髙橋洋子、同久保裕子、同神内幾代、同小野坂正巳)によれば、原告らは、その程度に差はあるものの、ウインズ高松の開催日には、周辺道路である国道一一号線や国道三二号線及びこれらに接続する県道川東高松線等の交通量の増加による渋滞等のため、目的地まで行くのに時間がかかったり、駐車場への進入退出路規制のために迂回を強いられるなど、車での通行に支障を感じているほか、不法駐車や多数の来場者の通行のため徒歩ないし自転車による通行にも不便を感じ、また、交通量の増加に伴う交通事故の発生を危惧していること、現実に、平成七年の最後のGIレースである有馬記念レースが開催された同年一二月二四日においては、ウインズ高松が位置する国道一一号線と国道三二号線の交差点(別紙図面記載H。以下、交差点の名称は同図面記載による。)に向かう県道川東高松線南行車線と国道一一号線西行車線でそれぞれ最大三七〇メートル、一七〇メートル、県道川東高松線と県道勅使室新線の交差点(I交差点)付近、国道一一号線と南に伸びる県道川東高松線(通称鹿角街道。以下「鹿角街道」という。)の接続点(G交差点)の鹿角街道北行車線で最大一〇七〇メートルにわたって渋滞し、また、駐車場への入場待ち車両が、第一駐車場で最大五〇〇メートル、第二駐車場で最大四四〇メートル、第三駐車場で最大二五〇メートル、臨時駐車場(その後、第四駐車場となった。)で最大二六〇メートルにわたって列をなしていたほか、周辺道路で車の接触事故が目撃されたことが認められる。これらによれば、原告らが、開催日において来場車両等による渋滞のため大なり小なり円滑な通行を妨げられるという不利益を受けていることが推認される。

(二) しかし、原告らの主張する生活上の利益のうち、自家用車により自宅周辺の国道県道等の公道を渋滞しないで円滑に通行しうるなどという利益が法的保護に値するかは極めて疑問であり、しかも、証拠(甲五五、乙一ないし三、四の1、2、一〇ないし一四、証人山下鉄三)によれば、ウインズ高松において馬券発売が行われるいわゆる開催日は、原則として土曜日及び月曜日で年間一〇四日程度であるが(前記第二の一2)、払戻業務のみが行われる非開催日の来場者は少ないこと、開催日のうち比較的来場者数が多いGIレースは年間一六回程度であるが、そのうち、天皇賞(春、秋)、日本ダービー、宝塚記念、菊花賞、エリザベス女王杯、ジャパンカップ、有馬記念といった年間八回程度の有名レースは特に人気が高く来場者が極めて多いこと、これらGIレース以外の通常の開催日であった平成七年七月二三日(日曜日)及び同年九月二三日(日曜日)においては、ウインズ高松周辺の国道、県道の交通量と開催日の翌日である同年七月二四日(月曜日)及び平成八年一月一五日(月曜日。祝日)の交通量には格別の差異はなく、むしろ非開催日の方が交通量が多い地点も見受けられ、また、ウインズ高松が位置するH交差点及び国道一一号線と鹿角街道が交わるG交差点は非開催日でも渋滞があり、H交差点における渋滞の長さは通常の開催日におけるのと格別の違いはないこと(なお、G交差点の通常の開催日における渋滞の長さは証拠上明らかでないので比較できない。)、不法駐車の状況についても右通常の開催日と非開催日とでは格別の差異はないこと、ウインズ高松の来場者用駐車場の収容可能台数は、平成七年においては第一駐車場が八五五台、第二駐車場が三八一台、第三駐車場が七二台、合計一三〇八台であり、同年一〇月二八日からは臨時駐車場を一五〇台収容可能な常設の第四駐車場とし、さらに平成八年四月五日からは第一駐車場を拡張してさらに五〇台を収容するとともに、収容台数一〇〇台の第五駐車場を設置した結果、第一ないし第五駐車場の収容可能台数は合計一六〇八台になったこと、平成七年度の各開催日における駐車場内の最高滞留台数は平均一〇八九台であり、GIレース以外の通常の開催日についてはいずれも収容可能な範囲内であることが認められる。また、証拠(乙三、四の1、2、五の1ないし3、六の1ないし4、一一ないし一四、証人山下鉄三)によれば、被告は、右認定のとおり来場者用駐車場を漸次増設していること、ウインズ高松と約四キロメートル離れた御厩駐車場(収容可能台数二九三台)との間では約二〇分毎に、JR高松駅との間では約一〇分ないし三〇分毎にそれぞれ無料送迎バスを運行していること、来場車両の駐車場への円滑な出入りのため、第一駐車場への進入はG交差点を経由し国道一一号線西行車線からのみで、退出は西方のH交差点方向のみとし、第二駐車場への進入はI交差点を経由し県道川東高松線南行車線からのみで、退出は南方のH交差点方向のみとするなど進入・退出路を制限していること、各駐車場及び周辺の主要な交差点等に合計七九ないし九四ヶ所にガードマンを配置して来場車両の誘導や交通整理、不法駐車の防止、歩行者の安全確保等を行っていること、また、通常より多数の来場者が予想される有馬記念などのGIレース、特に年間八回ほどの有名レースの開催日においては、臨時駐車場を設置するほか、予め新聞広告などで車による来場を控えるよう呼びかける広報活動を行い、無料送迎バスも増発して約五分ないし一〇分毎に運行し、ガードマンも二〇ヶ所以上増員配置するなどして対応していること、今後はPAT式電話投票制度の導入により来場者数の抑制を図る計画があることが認められる。このように、被告はウインズ高松の来場車両による交通量の増加を抑制し、交通渋滞を予防ないし解消するための各種方策を講じており、駐車場やガードマンの増設等、一応の努力を続けていることが認められる。

(三)  以上の事実を総合考慮してみれば、通常の開催日におけるウインズ高松の周辺道路の交通量や不法駐車の状況は非開催日の場合と格別異ならないから、ウインズ高松に起因する原告ら周辺住民の被害自体が認められず、また、GIレース開催日においては来場車両による交通渋滞が生じること自体は認めうるものの、これにより原告らが被る不利益は渋滞のため目的地まで時間がかかるとか、交通整理のために迂回を強いられるという程度のものにすぎず、しかも、このような渋滞はGIレースが開催される年間約一六回程度の日中数時間について一部の交差点で見られる現象にすぎないから、被告が各種の交通対策を講じていることも考慮すれば、原告らの被る交通上の不利益は未だ受忍限度を超えるものということはできない。また、原告らは生活道路に多数の車両が進入し、徒歩や自転車での通行が危険であると主張するが、原告髙橋洋子の供述によれば、右にいう危険とは主として歩車道の区別がない点に起因するものであると認められるから、これがウインズ高松の設置によるということもできない。

次に、原告らは不法駐車の増加による生活道路の通行等の支障を主張するが、前記認定のとおり、開催日において非開催日より不法駐車が多いとは認められない。また、仮に、来場者の増加するGIレース開催日には不法駐車が多いとしても、右は年間数日の事象にすぎないうえ、前記のとおり被告が多数の駐車場を準備し、各種対策を行っていることに照らせば、一部の不心得な来場者が故意に行っている不法駐車を被告の責任とすべきではないから、この点に関する原告の主張には理由がない。

さらに、原告らは、ウインズ高松設置による交通事故の増加を危惧しており、証拠(甲五二の5)によれば、原告樋口真理子はガードマンの目の前で来場者(京谷淳一)の車両に自己の車両を損傷させられたことが認められるが、交通事故は基本的に加害車両の運転者の過失により発生するものであって、ウインズ高松の設置と右事故の発生との間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。そして、他にウインズ高松の設置に起因して現実に交通事故が増加したことを認めるに足りる証拠はない。

3  健康被害について

(一) 公衆衛生(ごみ)について

証拠(甲五、六の1ないし41、五二の1ないし52、原告福江秀雄、同飯間惠美子、同飯間道雄、同髙橋洋子、同久保裕子、同神内幾代、同小野坂正巳)によれば、ウインズ高松の営業開始後は近くにある一部の原告らの所有地内や周辺の道路上に来場者が捨てたと思われる空き缶や競馬新聞、はずれ馬券等のごみが見受けられるようになったこと、そのため原告らが不快感を抱いていること、原告長嶋正義の所有するウインズ高松の駐車場横に位置する田に駐車車両から漏れたと思われるオイルが流入した例があったこと、付近の用水路にはずれ馬券等のごみが詰まった例があることが認められる。

しかしながら、道路上にゴミが捨てられているということが単なる不快感を超えて具体的に原告らの何らかの権利、利益を侵害するとは認められず、また、前掲各証拠によれば、原告ら所有地に見られるはずれ馬券等のごみは風に運ばれてくる程度のものにすぎないこと、オイルの流入や用水路の閉塞は頻回あったわけではないことが認められ、さらに、証拠(乙三、一一、一二、一五、証人山下鉄三)によれば、被告は、開催日である土曜日及び日曜日の午前八時ころから午後六時ころまでと開催日の翌日である月曜日の午前九時ころから午後四時ころまで、一三人程度の清掃員によりウインズ高松周辺約一キロメートル四方を巡回清掃させていることが認められる。

これらの事実を総合考慮すれば、原告らの主張する不利益が受忍限度を超えるものとは認められない。

(二) 騒音について

証拠(甲五、六の1ないし41、五二の1ないし52、原告福江秀雄、同飯間惠美子、同飯間道雄、同髙橋洋子、同久保裕子、同神内幾代、同小野坂正巳)によれば、ウインズ高松の開催日においては、駐車場及びその周辺でガードマンが車両の誘導、交通整理のため警笛やハンドマイクを使用していること、原告らのうち多くの者はこれに伴う警笛やハンドマイクの音や車の音に不快感を抱いていることが認められる。休息の場所である自宅において騒音に悩まされず静謐に生活する利益は、一応人格的生存に不可欠な人格権の一部にあたると解され、少なくとも駐車場のすぐ近くに居住する原告が、平穏であるべき週末の休息日に自宅でこれらの音声を聞かされることについて迷惑に感じることは理解できなくはない。しかし、主観的な迷惑感はさておき、原告らが主張する警笛やハンドマイクの使用による騒音が、原告らの自宅において、どれ位の音量で、どの程度の時間継続的に聴取されるのかなど、これらの騒音が受忍限度を超える具体的客観的な被害を原告らに与えることを認めるに足りる証拠はなく、他方、これらの音声は、前記2(二)認定のとおり原告らが別途被害として主張する交通渋滞等を防止ないし解消するための措置に伴って発生しているものであるから、その発生には一応の必要性、合理性が認められる。したがって、原告らの主張する騒音被害が受忍限度を超えるものと認めることはできない。

(三) 排気ガスについて

来場車両の排気ガスによる原告らの被害については、主張自体が具体性客観性を欠き、また、右被害を認めるに足りる的確な証拠もない。

(四) その他の被害について

原告らは、その他に、ガードマンや監視カメラの存在を不快に感じるとか、清掃員が自宅先で休憩するのが不快であるなどと主張しているが、これらの主張は、それ自体いずれも抽象的嫌悪感の域を出ておらず、具体的権利利益の侵害に関するものではないことが明らかなので、主張自体失当である。

四  結論

よって、本件請求はその余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官橋本都月 裁判官廣瀬千恵)

別紙<省略>

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